「世界一有名な日本人」と言われたオノ・ヨーコさん。
安田財閥の子孫で、芸術家であり、ミュージシャン・平和活動家です。1969年にビートルズのメンバーだったジョン・レノンさんと結婚したのは、あまりにも有名です。
波乱に満ちた人生を歩み、亡き夫ジョン・レノンさんの遺志を貫いています。
そんなオノ・ヨーコさんのプロフィールや経歴、現在は認知症?離婚歴や元夫、子供と孫、両親(父母)・兄弟姉妹、親戚や資産について、ご紹介します。
(出典:ソニーミュージックオフィシャルサイト)
オノ・ヨーコのプロフィールや経歴!現在は認知症?
オノ・ヨーコさんのプロフィールや経歴、現在は認知症なのかについて、ご紹介します。
プロフィール
(出典:Amazon)
オノ・ヨーコさんのプロフィールはこちら!!
名前 オノ・ヨーコ (小野洋子/おの・ようこ)
生年月日 1933年2月18日
年齢 91歳 (2024年10月時点)
出身地 東京都
職業 芸術家、音楽家、平和活動家
経歴
オノ・ヨーコさんが2歳の時、父の暮らすサンフランシスコへ転居しましたが、2年後には母と共に日本へ帰国し、幼少期は安田家の鎌倉の別荘で暮らしました。
米国から帰国後、東久留米市学園町に本部を置く自由学園(幼稚園)に入園、小学校は学習院初等科へ通いますが、父の転勤に伴い再び渡米しニューヨークに転居します。
その後、ロングアイランドのパブリックスクール(公立小学校)に通い、再び帰国すると啓明学園初等学校の青南小学校に編入、学習院女子中・高等科を経て、1952年に学習院大学の哲学科に入学。
1953年、20歳の時に家族と共に父親の赴任先であるニューヨーク州ウエストチェスター郡スカーズデールに移住し、サラ・ローレンス大学に入学して音楽と詩を学びます。
1959年にニューヨークを拠点に活動を始め、床に置かれたキャンバスを観客が踏みつけることで完成する作品『踏まれるための絵画』を発表。
1962年から1964年まで帰国、観客が彼女の衣装をはさみで切り取るパフォーマンス『カット・ピース』や、言葉による作品集『グレープフルーツ』などの作品を発表しましたが、当時の日本は、前衛芸術というものに慣れておらず、評価は低いものとなりました。
1962年、29歳で自殺を図り精神病院に入れられます。
1964年、ニューヨークに戻り活動を再開し、1966年には、ロンドンの現代芸術協会の招きで渡英し活動の場をロンドンに移しました。
イギリスのロックバンド「The Beatles(ビートルズ)」のジョン・レノンさんとの出会いは1966年11月9日。ロンドンのインディカ・ギャラリーでの個展『未完成の絵画とオブジェ』がきっかけとなります。
(出典:pinterest.com/ビートルズ・一番右がジョン・レノンさん)
二人はその後、前衛的な音楽活動やパフォーマンスを行うようになり、1968年にアルバム『トゥー・ヴァージンズ』や『ドングリ・イヴェント』(”Acorn Event”)を発表しました。
当時、激化するベトナム戦争に反対して、『ベッド・イン』や『ウォー・イズ・オーヴァー』ポスター・キャンペーンなどの独自の「愛と平和」活動を展開していきます。
1970年、ビートルズが解散します。オノ・ヨーコさんは「ビートルズを解散させた女」として非難され、結婚前後の二人の活動は奇妙な立ち居振る舞いと映り、数多くの非難と中傷が浴びせられました。
1971年10月、エバーソン美術館で個展『ジス・イズ・ノット・ヒアー』を開く一方、前衛芸術家、反戦運動家、黒人解放運動家、女性解放運動家などと交流を深め、政治運動に傾斜していくようになります。
1971年から1972年にかけて、反戦文化人の即時保釈を求める集会や北アイルランド紛争に抗議するデモへ参加、また、刑務所で起きた暴動の被害者救済コンサートや知的障害を持つ子どもの救済コンサートなどにも積極的に出演。
1973年4月、架空の理想国家「ヌートピア」の建国宣言のイベントを行いましたが、度重なる国外退去命令で挫折することに。
1973年10月、ジョン・レノンさんはロサンゼルスに移り住み、二人は別居。
1974年11月、ジョン・レノンさんがニューヨークで開催されたエルトン・ジョンさんのコンサートに出演したことがきっかけになって二人は再会します。そして、翌年1月に再び生活を共にすることになりました。
1980年、ジョン・レノンさんは音楽活動を再開し、同年11月17日に共作アルバム『ダブル・ファンタジー』を発表しましたが、12月8日に自宅ダコタ・アパートメンツ前でマーク・チャップマンによって射殺されてしまいます。
2009年9月、オノ・ヨーコさんは「プラスティック・オノ・バンド」として、息子のショーン・レノンさんや小山田圭吾(おやまだけいご)さんらと共に音楽活動を再開。
2011年、78歳の誕生日にはイギリスのフリーペーパー『メトロ』誌に「Imagine Peace 2011」と掲載する全面広告を寄稿し、平和について改めて考えることを提案。また同年ニューヨークでショーン・レノンさんと共に東日本大震災被害者救済のチャリティ・コンサートを行い、また来日して各地で被害者救済支援の講演やパフォーマンスも行っています。
『ダブル・ファンタジー』のリリースとジョン・レノンさん生誕80年、没後40周年の2020年には、これまでの二人の作り出した様々な作品や歴史的アイテム、各種写真や展示品を通じてこの世界的カップルの歴史をたどる『ダブル・ファンタジー展(Double Fantasy – John & Yoko)』が東京六本木のソニーミュージック六本木ミュージアムで開催されました。
2018年にジョン・レノンさんの故郷、リバプール博物館で開催されたこの展覧会は、オノ・ヨーコさんの88歳の誕生日である2021年2月18日まで開催されました。
現在は認知症?
(出典:news.yahoo.co.jp/84歳のオノ・ヨーコさん)
オノ・ヨーコさんは、今年(2024年)91歳になりました。
実弟によると、オノ・ヨーコさんは「レビー小体型認知症(DLB)」とのこと。
そんなオノ・ヨーコさんを支えているのが、息子のショーン・レノンさんです。
家族をよく知る50年来の友人が、「ショーンはヨーコの親友」と語るほどの関係。
オノ・ヨーコさんは、現在もニューヨークの北部のフランクリンという小さな農場に住んでいて、その場所は、1978年にジョン・レノンさんと購入した場所なのだそうです。
オノ・ヨーコの離婚歴や元夫/子供や孫は?
オノ・ヨーコさんの離婚歴や元夫、子供と孫について調べてみました。
オノ・ヨーコの離婚歴・元夫・子供
オノ・ヨーコさんは、三回の結婚を経験しています。
1956年、サラ・ローレンス大学在学中に出会った作曲家の一柳慧(いちやなぎとし)さんと23歳の時に一度目の結婚をします。
(出典:Wikipedia、一柳慧さん)
1962年に二度目となる映像作家のアンソニー・コックスさんと結婚します。実際には、一柳慧さんとの離婚が成立しておらず、1963年に正式結婚となりました。
(出典:Amazon、アンソニー・コックスさんとオノ・ヨーコさん)
1963年に生まれた長女キョーコ・チャン・コックスさんの親権は、アンソニー・コックスさんにあります。
(出典:biosurv.com/オノ・ヨーコさんとキョーコ・チャン・コックスさん)
そして、芸術家として活動していたロンドンでオノ・ヨーコさんは、ジョン・レノンさんと出会い交際を始め、W不倫の状態が続いていましたが、アンソニー・コックスさんと離婚することになります。
(出典:stat.ameba.jp/ジョン・レノンさんとオノ・ヨーコさん)
1969年にジョン・レノンさんと結婚し、これが三度目の結婚となりました。1975年、42歳で第一子となる息子のショーン・レノン(日本名:小野太郎/おのたろう)さんを出産します。
(出典:シネマトゥディ/オノ・ヨーコさんとショーン・レノンさん)
1970年にビートルズが解散し、1980年12月8日にジョン・レノンさんは暗殺されました。
オノ・ヨーコの孫
オノ・ヨーコさんの二度目の結婚で生まれたキョーコ・チャン・コックスさんは、20代で結婚した後、子供におばあちゃんと会えないのは不憫だと思い、連絡を取ったそうです。
ジョン・レノンさんの死後には、前夫のアンソニー・コックスさんとも連絡を取り、娘や孫とも交流があるということでした。
一方、ショーン・レノンさんは、2005年に知り合ったシャーロット・ケンプ・ミュールさん(モデル・シンガーソングライター)と交際をしているようです。2020年の時点では恋人ということなので、結婚されたかどうかは定かではありません。
以上のことから、オノ・ヨーコさんのお孫さんは、キョーコ・チャン・コックスさんの子供だけであると言えそうです。
オノ・ヨーコの両親(父母)・兄弟姉妹や親戚は?
オノ・ヨーコさんの両親(父母)や兄弟姉妹、親戚について調べてみました。
両親(父母)
オノ・ヨーコさんのご両親について、ご紹介します。
(出典:goo BLOG)
父:小野英輔(おのひですけ)さん(1870-1930年)
母:小野磯子(おのいそこ)さん(生まれは不明)
父は、日本興業銀行総裁を務めた小野英二郎(おのえいじろう)さんの子であり、ピアニストから銀行員に転じ、オノ・ヨーコさんが生まれた時は横浜正金銀行のサンフランシスコ支店に勤務していました。
母の祖父は、安田財閥の創始者・安田善次郎(やすだぜんじろう)さん。安田善次郎さんの二女・暉子(てるこ)さんと結婚し、安田善三郎(やすだぜんざぶろう)さんと名のることになった旧名・伊臣貞太郎(いおみさだたろう)さん間に生まれたのが、オノ・ヨーコさんの母である小野磯子さんです。
兄弟姉妹
オノ・ヨーコさんの兄弟姉妹は、洋子さん、弟・啓輔(けいすけ)さん、妹・節子(せつこ)さんの3人です。
弟の啓輔さんは三菱商事に勤務後、1987年に(株)オーエヌオーを設立し社長に就任しています。
一方、妹の節子さんはスイス・ジュネーブの大学院で知り合ったイタリア人と国際結婚し、結婚後は世界銀行に勤め、のちに彫刻家となっています。
(出典:kusennjyu.exblog.jp)
親戚
オノ・ヨーコさんの親戚は著名人が多く、華麗な一族であることがわかります。
母方の曽祖父は元宇和島藩士で実業家の伊臣忠一(いとうちゅういち)さん。
義理の叔父には外交評論家の加瀬俊一(かせとしかず)さんや、歌舞伎役者の片岡仁左衛門(かたおかにざえもん)さん、叔母にはヴァイオリニストの小野アンナ(おのあんな)さんなど、錚々たる著名人が名を連ねています。
詳しくは、下記のオノ・ヨーコさんの家系図をご覧ください。
■オノ・ヨーコさんの家系図
(出典:新潮社)
オノ・ヨーコの資産はいくら?
オノ・ヨーコさんの資産はいくらなのかご紹介します。
前述したとおり安田財閥の子孫であり、ジョン・レノンの妻でもあったオノ・ヨーコさんは、自身も芸術家であり音楽活動や平和活動などもしています。
かなりの資産があると簡単に推測できます。ネット上では、その資産は数千億円とも言われています。
ビートルズのポール・マッカトニーさんの総資産が1600億円と言われていますので、それ以上であることは確かでしょう。
なお、ジョン・レノンさんに関する遺産はオノ・ヨーコさんが相続し、今後は子供であるキョーコ・チャン・コックスさんとショーン・レノンさんに引き継がれると思われます。
まとめ
恋多き女性であり、芸術や音楽など多岐にわたる才能に優れたオノ・ヨーコさんの魅力は、計り知れないほどです。
ジョン・レノンさんが亡くなった後も、彼の遺志を継ぎ、平和活動に積極的に取り組んできました。
ということで、オノ・ヨーコさんのプロフィールや経歴、現在は認知症?離婚歴や元夫、子供と孫、両親(父母)・兄弟姉妹、親戚や資産について、ご紹介しました。